焼肉一八の代表兼店長、湖山雄太さん
コンセプトムービー『IPPACHI』
今回は米子市の朝日町にお店を構える、焼肉一八の店長、湖山雄太さんのインタビューです。よろしくお願いします。
朝日町にある焼肉屋『一八』
創業1966年(昭和41年)
歴史のある長く皆さんに愛されているお店ですよね。焼肉一八の歴史を教えてください。
焼肉一八は、創業1966年(昭和41年)で、今年55年目を迎えます。祖母の代からずっと米子市の朝日町で焼き肉店を営んでいます。祖父母が創業者となります。
飲み屋街にある焼肉屋さん。どのようなご利用シーンが多いですか?
飲み屋街ですので、サラリーマンの方がメインです。今は鳥取大学が近くにあるので、学生などの若い方にもご利用いただいています。
プロ野球選手に愛されているお店
店頭にはサインが並んでいる。
野球選手のサインが沢山飾ってあるのが印象的なお店です。
毎年地方でプロ野球の試合があった時には、広島カープや阪神タイガースの選手に必ず利用していただいています。ここ5年くらいは近くで試合がありませんので、ぜひ来ていただきたいです。試合があるとやはり地域も盛り上がりますし、朝日町の飲食街も活気が戻ってくると思うので、ぜひ一つ、イベントとしてお願いしたいですね。
野球選手のご来店のきっかけはなんだったのでしょう。
最初は、現在引退されている野村謙二郎さんが一人でふらっと入ってこられて、そこで焼肉が美味しい、タレが美味しいと言っていただきました。そこから毎年選手を呼んでいただいております。
おばあ様は愛されるキャラクターで、お客さん皆が慕っていますよね。
そうですね。そういったアットホームな雰囲気も、プロ野球選手やアスリートの方にとっては印象的だったのかと思います。
あのイチロー選手もご来店。
新型コロナウィルス感染症対策
新型コロナウイルス感染対策はどのような事を行っていますか?
焼肉屋さんは各テーブル1台換気扇があるので、通常の飲食店様と比較すると換気能力は優れていると思っています。加えて従業員の手洗い、手指消毒は徹底しています。
豪華焼肉弁当!
焼肉弁当などは新型コロナウイルスの流行をきっかけに始められたのですか。
そうですね。その前からやってほしいというお客様からの声はあったのですが、なかなか踏み出せずにいました。そこでコロナをきっかけにその事業に踏み出すことができ、やって良かったと思います。
前日までの予約制となっています。数が多い場合は前もってお伝えいただくと対応させていただきます。
焼肉も美味しいが『テールスープ』が一押し!
焼肉、と言いたいところですが、『テールスープ』が創業当時からのおすすめの一品です。尻尾は牛が一番動かすところで、とても味が出ます。それを何時間も煮込んで出汁を取り、旨味を出していますので、ぜひ食べていただきたい一品となっています。
コラーゲンもありますし、ぜひ女性の方にもご来店いただきたいです。そこまでこってりもしていないので、焼肉の〆にも召し上がっていただけます。
大衆店として適正価格でいっぱい食べていただきたい
使うお肉にこだわっている点があればお聞かせください。
A5、A4ランクといった格付けがありますが、うちはそこのランクにはこだわりはありません。サシが入っていることにこだわるのではなく、量がたくさん食べられるようなものを業者さんと話して仕入れるようにしています。
うちは大衆店なので、たくさん量が食べれるように仕入れをしています。
一八の味噌ダレ
お肉ももちろん美味しいのですが、一八はタレが美味しいと評判です。
創業当時から変わらぬ秘伝のタレで、おすすめは味噌ダレです。メインで使っている醤油ダレは、地元の須山醤油さんのものを使用しています。
焼肉はお肉ももちろん大事ですが、漬けダレも重要で、このタレは店の個性が出る部分だと思います。ぜひ一八のタレを体験していただければと思います。
あえて「損をする」
お客様に通い続けてもらうために、どのような工夫をしていますか。
飲食店はやはりリピートしていただいて成り立つ商売です。来ていただいた方に対して、よくおばあさんも言っていたのですが、「損をしなさい」と。所謂サービスの一品をお出しして、それは=損ということなのでしょうが、来て良かったと思っていただけるように、と言われていました。
スタッフが元気な秘訣は…
スタッフさんも元気が良くて、そして一八と言えば賄いが豪華なイメージがあります(笑)
多分、賄いに焼肉が出ると思って来ているかもしれないですね(笑)
賄いが話題に!?
賄いそのものをコンテンツとして発信していく案は雄太さんが考えたのですか?
働いていた若い子が、これだけ美味しい賄いを出しているのなら、記録に残していった方がいいのでは、と学生自身が始めていました。また、飲食店はバイトの採用がなかなか難しいということで、学生さんにとって賄いは大事なポイントになると思い、採用のきっかけになればという理由もあります。
湖山雄太の素顔に迫る
幼少期・学生時代
野球の記憶しかないですね。ひたすら走っていました。小学校2年生から兄の影響で始めました。
明治大学へ進学
明治大学へ進学されます。その後も野球は続けられています。
当時は行くつもりはなかったのですが、6大学ということで野球界では花形だったと思います。当時はひたすら寮生活が辛かったです。
3年生からは神様になるので楽しい思い出はありますが、1・2年生の頃は先輩あっての生活なので、何かとこき使われていたというイメージがあります。
実は今野球とは全く関りがなくて、バットとボールの生活から毎日包丁を持つ生活を送っている感じです。体は動かしたいので、トレーニングはしているのですが、野球はもういいかな(笑)観るのは楽しいですけどね。
鳥取へUターンしたきっかけ
地元にUターンするのを意識したのはいつ頃ですか?きっかけはありますか。
2年間社会人をしていたのですが、帰るつもりは全くありませんでした。帰るきっかけは、実は事故を起こしたんです。これが車を廃車してしまうような結構な大事故でした。
ちょうどその頃、おばあさんが年齢的にお店に立てないということで、帰って来ないかという話がありました。その事故が僕の中では環境を変えるべきではという暗示のように感じて、それをきっかけにUターンしました。
ちょうど兄も一八に立っていたのですが、人手が足りないということと、親父が現場には経っていないので、事業承継という意味でも早めに帰ってきてほしかったのかと思います。
帰って来られてからは、一スタッフとして働き始められたのですよね。
飲食に関しては全くの素人だったので、一度県外で勉強をしてから戻ってきました。スタッフ同士での関係や、兄弟でお互いやりたいこともあったことで、僕が店長となりました。
この場所で働く未来
雄太さんにとっては馴染みの場所で働くことになりました。
本当に小さい頃から食べていたので、まさかここで働くことになるとは思っていなかったです。昔は人が足りていない時にボランティアのような感じで手伝いをしていたことはありましたが。
Webプロモーションでの集客
雄太さんの代になってから、HPやSNSで積極的にプロモーションを行って、若いお客さんも多く利用されているイメージがあります。
時代の流れで、ネット関係の影響力がすごくあると思います。場所柄分かりにくいところですし、せっかく良いものを出しているのに認知されない中で、僕なりに知ってもらいたいという思いがあり、力を入れています。
こんな人と働きたい
野球をしていた時のように、体育会系な感じがすごく楽しかったので、活力があるようなメンバーと一緒に働きたいですね。
おばあ様に影響を受けた事があればお聞かせください。
僕らの時代では分からないような苦労はたくさんしてきたと話を聞いています。それは今僕らがこうやっていられることに繋がっていて幸せに思いますし、より一層一八の魅力を拡大していくことが使命だと思います。
最後に
今後の夢や目標
お店としてはこのまま終わるつもりはなく、やるなら一八の名前をもっと皆様に知っていただきたいです。一八の味噌ダレも本当に美味しいものだと自信を持っているので、もっと皆さんに食べていただきたいです。
今後米子駅前に二店舗目を出店し、その後はいずれ東京でも勝負していきたいという思いがあります。
読者へメッセージ
まだ一八に来たことがない皆様、ぜひ私に会いに来てください!お願いします!
今回の鳥取×働く人は焼肉一八の湖山雄太さんでした。湖山さん、ありがとうございました。
湖山 雄太(コヤマ ユウタ)
焼肉一八 代表/店長
1992年7月29日生まれ
鳥取県米子市出身
1966年(昭和41年)に焼肉一八は創業。米子市の飲み屋街で50年以上店を構える老舗だ。祖父母の代から続き、現在は孫である湖山雄太が代表、店長を兼務している。
お肉の美味しさ、秘伝の味噌ダレ、そして何より祖母の人柄が愛され、名だたるプロ野球選手が山陰で試合があると決まって訪れる名店となった。店には写真やサインが並んでいる。
孫である雄太の兄と雄太にとって特別な時間だった。プロ野球選手が家業のお店を訪れ、一緒に写真を撮りサインを書いてもらう。二人が野球を始めたのは必然だったのかもしれない。繁忙期で人手が足りない時はお店を手伝う事もあった。
少年時代はひたすら野球に打ち込み、明治大学の野球部へ。花形の六大学野球へ。その後にサラリーマンとして就職。地元の家業を継ぐとは夢にも思ってなかった。
ある時に雄太は事故を起こしてしまう。車を廃車にしてしまうような大事故だった。雄太にとってはショッキングな出来事だった。そして時を同じくして、祖母が高齢となりお店に立てなくなったと連絡があった。地元に帰る良いきっかけだった。
雄太が店長となってからはSNSの運用や公式Webサイトの開設など、Webプロモーションに力を入れた。料理人としての経験が豊富な同級生の福間を厨房に迎え、お店はどんどん充実していく。若いお客さんも増えた。飲み屋街にあるお店の全てがかつての活気を取り戻すことはなかったが、焼肉一八だけは変わらなかった。
祖母の教えは「先に損をすること」。祖母の教えを守り、今日もこの店を守っていく。
お客さんが祖母に会いに来ていたように、今度は私に会いに来てほしいと雄太は語った。
web
https://yonago18.com/
instagram
https://www.instagram.com/yakiniku_18
インタビューを終えて
湖山雄太さん、ありがとうございました!
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山陰ペディアの名ばかり委員長。
担当はシステム、デザイン、ライティング。
本業はWebプロデューサー。
好きな事は、ゲーム・アニメ・お酒を飲むこと、歌うこと。